寄居層の紹介

寄居-小川地域の跡倉ナップには寄居層がかなり広範囲に分布している.
寄居層はおもに砂岩と礫岩から構成されている地層で,しばしば亜炭層を介在している.礫岩が多いことと亜炭層の存在が注目されているが,寄居町の廃棄物処理場付近などでは,泥岩や砂岩が卓越している場所がかなり広大に認められる.しかも,細粒砂岩,泥岩,炭質物に富む泥岩,亜炭層(厚さの合計約6m)がこの順に配列し,それが繰り返されている所もある.

寄居層は中期中新世の地層に不整合に被われており,寄居層の砂岩や礫岩の礫が中期中新世の礫岩に認められる.寄居層の砂岩からサメの歯の化石,泥岩からムカシセコイアの化石と放散虫化石が見出されている.化石の画像の解説は次のブログ記事を参照されたい.
http://gasemale.at.webry.info/200712/article_6.html
画像

画像

画像

サメの歯の化石は中新世の化石とされて,寄居層は現地性堆積物とみなす学者もいる(いた)が,寄居層の下部に介在している 凝灰岩のジルコンについて,65.4Maのフィッション・トラック年代が報告されている.また,泥質黒雲母ホルンフェルス礫や流紋岩質火山岩礫のK-Ar全岩年代として,66.5Maや80.5Maの年代値が報告されている.

以上のデータから,寄居層は古第三紀初期ごろの地層で,薄い亜炭層がしばしば挟まっているが,海成層は少なくないと推定される.
西南日本では古第三紀初期ごろの海成層は四万十帯以外にはほとんど認められない.この点で寄居層は特異な地層と言える.ただし,茨城県大洗町の海岸付近に露出している大洗層は,寄居層との共通点が少なくない.

なお,寄居町の荒川沿いには寄居層の砂岩や礫岩が広範囲に分布している.その最下部に厚い凝灰岩が八高線の鉄橋から100m~150mほど下流に露出している.凝灰岩は一見するとチャートや細粒砂岩に見える硬い岩石である.この凝灰岩のジルコンについて 60.7Maと54.8Maのフィッション・トラック年代が報告されている.その報文では凝灰岩は寄居層ではなく寄居酸性火成岩類であるとしている.しかし,寄居酸性火成岩類の分布域にはこの凝灰岩と類似の岩相の岩石は確認できない.

荒川沿いの年代測定された凝灰岩の近傍には寄居層の細粒の砂岩や礫質砂岩などが分布している.凝灰岩と砂岩との境界部は約5m に渡って露頭がみられず,両者の地質学的関係は不明である.境界部に小断層が多いわけでもなく,基底礫岩も認められない.不整合や断層を寄居層と凝灰岩の間に推定する根拠はみあたらない.

寄居層の北方に寄居酸性火成岩類が分布している.両者は高角断層で接している.寄居酸性火成岩類はおもに火砕岩から構成されているが,その火砕岩について,ジルコンのフィッション・トラック年代とセリサイトのK-Ar年代が測定されている.求められた年代値はともに約 58Maであり,寄居層の堆積年代と類似の値である.

寄居層の礫岩には酸性火成岩礫が非常に多い.流紋岩質火山岩礫のK-Ar全岩年代は80,5Maである.泥質黒雲母ホルンフェルス礫のK-Ar全岩年代は66.5Maであった.凝灰岩,石英ポーフィリ-,カリ長石に富む花崗岩などの礫の年代測定は行われていない.
寄居層の礫岩の礫について,泥岩,砂岩,チャートの小さい円礫や亜円礫は非常に多い.礫の色彩は灰白色,緑色を帯びた灰色,黒色,茶褐色など多様である.チャートの多くは酸性凝灰岩で,黒色の泥岩の一部も酸性凝灰岩である可能性がある.砂岩や泥岩の礫は白亜系起源と推定され,秩父帯や丹波-美濃帯に見られるジュラ紀付加体のような固結度の高い礫は極めてまれである.

年代データが少ないために,寄居酸性火成岩類起源の礫は寄居層に存在するのかという問題は,今後の検討課題の一つとして,残されている.多様な礫の年代データを更に追加していくと,寄居層が堆積した頃の古地理が少しは解明できるかも知れない.

追記

2018年5月22日の海浜幕張での地球惑星科学会において,寄居層についての情報が得られた.それによると,寄居層の砂岩から得られたジルコンについて,年代スペクトルが測定され,堆積年代が古第三紀であることが推定された.寄居層は和泉層群よりも多少若い堆積岩と推定された.最近の常識的な考えと一致した結論である.

追記2

寄居層の泥岩をルーペでみてみると,微小の球状物体が大量に存在している.この事実をusbマイクロスコープで撮影したのが,次の画像である.撮影した画像をアドビのphotoshopでコントラストと明るさを変更した画像も添付されている.

植物化石が見いだされた泥岩.
画像

谷津集落南方の泥岩.採集地は現在では本田寄居工場が建っている.
画像

画像

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック